神港教会説教
2004年3月7日


「子供たちを来させなさい」
マタイ 19:13-15

そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスは言われた。「子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。」 (13・14節)

 弟子たちは、子供たちをイエス様のみもとに連れてきた母親を叱りました。母親が、我が子かわいさの余りにイエス様を煩わせようとしている、と弟子たちの目には映ったのでしょう。弟子たちは、イエス様を囲んで離婚と結婚に関して大事なことを議論していました。だから、「子供はあっちへ行って」と追い払うようなものだったのでしょう。しかし、イエス様からすれば、たとえ、難しい問題を議論している場であっても、大人たちに天の国の祝福を語ることに忙しくて、子供を祝福する時間がとれなかったなど、決して、あってはならないことです。イエス様のお働きは、天の国をこの地上にもたらすことです。イエス様は、天の国の地上的な表れを、子供たちがみもとにいることのなかに見ておられます。この後に記されているように、金持ちの青年がそこにいなくても、子供こそ天の国の中心にいるべきです。

 今日、子供が少なく、親の関心と配慮は、我が子に豊かに注がれています。過保護とも言われる状況です。そして、親が、我が子を自分の保護のもとにおいておけば安全だと思うとすれば、それは、なんと罪深いことでしょうか。天の父なる神様からの保護を求めず、親の関心と親の面子のなかで、子供を育てることはできません。イエス様からの祝福を求めた母親こそが、私たちの模範です。また、母親を叱った弟子たちに、私たちはなってはなりません。教会が大人たちの行事や会議で忙しくなってしまうとき、結果的には子供を寄せ付けない教会となってしまいます。また、一般の子供たちは、最近余り教会に来なくなりました。それは、本来は来るべき子供たちがこの世に奪われているからです。この子供たちを、もう一度、教会へと取り戻さねばなりません。霊的な意味においては、教会が先頭に立って、家庭と子供たちとに祝福を与えることがますます必要な時代となっています。

 マルチン・ルーサーキングJrが、「わたしには夢がある」と語ったことによって、米国社会において求めるべき夢が明らかになったように、イエス様は、「子供たちを来させなさい」と語ってくださったことにより、天の国を来たらせるために教会がなすべき使命が明らかになりました。教会は、子供たちの笑顔を通して、天の国の到来を世に表すように、召されています。天の父なる神様が、イエス様を通して、子供たちを天の国の祝福に招いておられます。
(月報3月号は、この主題を扱っています) 
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